これで6試合目となる45分での交代だ。8月14日の対柏戦、リーグ戦13試合目の先発を果たしたナッシム・ベン・カリファは、先制点をゲットしたにも関わらず(公式戦2試合連続ゴール)、後半からベンチに下がった。
トレーニング前の準備はしっかりと。怪我の予防こそ、プロフェッショナルの第一歩であることを、ナッシム(左)はよく理解している(8月12日撮影)
活躍していないわけではない。前線からの守備に力を惜しむことはなく、潰れ役になって周りを活かす。「あそこまでやってくれるから、点をとらなくても素晴らしい」と野津田岳人が称賛するほど、チームのために働く。
彼が先発した13試合の戦績が8勝3分2敗と高い勝率を誇っているのも、貢献の裏付けだ。
ボールポゼッションの練習。ナッシムは周囲を確認し、適切なポジションにしっかりと動く。知性の高さが伺いしれる(8月12日撮影)
ミヒャエル・スキッベ監督は、日本の夏の暑さも考慮し、ナッシムとドウグラス・ヴィエイラ、2人1セットで試合を乗り切ろうとプランする。だから、45分で交代させた次の試合でも彼を先発させている。
経験豊富なナッシムも、さすがに日本の暑さは「厳しいね」と本音をもらす。疲労もたまっていたが、8月に入って暑さにも慣れてきたのか状態もあがってきた(8月12日撮影)
ただ、どんな理由があろうとも13試合で6回の45分交代は、移籍を考えるレベルだ。だが彼は、「スキッベ監督はベストなコーチだ」と言い切る。その裏側にあるのは、指揮官の人間性だ。
セッションの間でもストレッチを欠かさない(8月12日撮影)
2013年、グラスホッパー(スイス)でプレーしていた彼は、クラブからいい条件で複数年契約のオファーを受けた。だが契約締結を翌日に控えた時、彼は膝に大ケガを負い、半年以上はプレーできない状況に。
クラブは「この状態では、同じ条件で契約はできない」とナッシムに告げた。だが、その方針に異を唱えたのが、当時グラスホッパーの監督だったミヒャエル・スキッベだ。
ナッシムの特長は動きながらのプレー。ボールタッチも柔らかい(8月12日撮影)
「ナッシムの契約条件を撤回するなら、このチームの指揮をとれない」
指揮官の強い意志によって、契約条件は守られた。今も彼は「感謝してもしきれない」とこの時の恩義を忘れていない。彼が広島にやってきたのも「監督に声を掛けられたから」(ナッシム)が大きな理由の一つだ。
本来持っている彼のシュート技術の高さからすれば、ここまでのリーグ戦2得点は少なすぎる。コンディションが上がってきたこれから、ナッシムの爆発に期待したい(8月12日撮影)
「広島の全ての人々が自分によくしてくれているし、チームのために頑張るのは当然。そしてそれが、監督への恩返しにつながる」
チームのために、広島のために。それが、ナッシム・ベン・カリファのハードワークの原点なのである。
ナッシム・ベン・カリファ(Nassim Ben Khalifa)
1992年1月13日生まれ。スイス出身。チュニジアにルーツを持つ。スイスの年代別代表を歴任し、2009年にはU-20ワールドカップで得点王に輝きスイスを優勝に導いた。2010年にはフル代表デビュー。その年のワールドカップ南アフリカ大会予備登録メンバーにも選ばれている。来日する前から日本の文化への関心が高く、特に日本の漫画・アニメには精通。広島の日本人選手たちも知らないアニメ作品を熟知している。
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