ばらばらになった家族が一つになる。そんな瞬間を何度も見てきた。
世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に入信したわが子に、頭を床に付けて悩みに気付いてやれなかったことをわびる親。教団に多額の献金をしてしまった母親に「家に戻ってきて欲しい」と、必死に涙を流す兄弟。何年も断絶状態だった信者とその家族が、お互いをさらけ出して向き合い、語り合い、時間をかけて和解する。
日本キリスト教団西尾教会(愛知県西尾市)の牧師の杉本誠さん(74)は、牧師になってから35年間、旧統一教会の信者の家族から相談を受け、脱会を支援してきた。きっかけになったのは、思いも寄らない「脅迫事件」と、ある家族との出会いだった。
「朝日の記者みたいになりたいのか」全てはここから始まった
サラリーマン生活を経て、牧師になった1987年のことだった。
当時すでに、「先祖の怨念」などをうたって高額な壺や印鑑を売りつける旧統一教会の霊感商法は、社会問題になりつつあった。こうした手法を批判する講演会の代表を知人から引き受け、開催を知らせるチラシを配った。
するとある日の夜、自宅に「講演会について話がしたい」と電話があった。
指定された喫茶店に行くと、そこにいたのは見ず知らずの男性7人。相手は名乗らず「講演会を中止してほしい」と迫った。杉本さんが断ると、相手の1人が「朝日の記者みたいになりたいのか」とすごんだ。
その年の5月、朝日新聞の阪神支局が散弾銃を持った男に襲われ、記者が殺害される事件があったばかりだった。
その場は他にいた男性がとりなして事なきを得たが、その後は連日、無言電話や自宅の雨戸に石を投げられる嫌がらせが続いた。
脅迫があったことを聞きつけた新聞記者が一部始終を記事にすると、信者の家族から「霊感商法の被害にあった」という相談電話が相次ぐようになった。だが、当時の杉本さんは牧師になったばかり。自分にできることはないと思い、ほとんどの相談は断っていた。
「脱会牧師」への道を作った家族との出会い
そんな中、知人からどうしてもと頼み込まれ、娘が入信したという夫婦の相談を受けた。
相談を受けた時点で、すでに4年の入信歴があった20代の女性に対して、先輩牧師とともに三日三晩、泊まりがけで説得を続けた杉本さん。女性は説得に耳を傾け、脱会の意思を示してくれた、ように見えた。1週間後、杉本さんの元に届いたのは「娘が再び教団に戻ってしまった」との悪い知らせだった。
「経験が浅い私の力量を見透かしたのでしょう。改心したように見せかける『偽装脱会』を見抜けませんでした」
その後、女性の居場所は全くつかめなくなった。夫婦はわらにもすがる思いで杉本さんを頼り続けた。
助けるためにはまず自分が力をつけないといけない―。杉本さんは以降、寄せられる相談にひとつずつ向き合いながら、経験を積んでいった。
多くの信者と向き合い、旧統一教会の教義について理解を深めるうちに、その内容が伝統的なキリスト教とは相いれないことに気付いた。自身の著書でその点について次のように記している。
「統一教会は(聖書が人類の罪を償ったと教える)イエスの十字架が失敗したという一つの解釈を立てるんです。(中略)宗教というものは聖典があって宗教ですから、教典を否定するという形になってくれば、これはもう宗教の枠からでていくことです」(杉本誠「統一協会信者を救え」より)
涙を流し、手を取り合い家族に戻る親子
杉本さんは1993年には旧統一教会が主催した合同結婚式に参加するなど教団の広告塔的な存在だったロサンゼルス五輪新体操代表の山崎浩子さんの脱会にも携わり、名実ともに「脱会牧師」として知られるようになっていた。その頃だった。あの夫婦から「娘が見つかった」と一報が飛び込んできたのだ。
娘は名前を変え、居場所も転々としながら教団への信仰を持ち続けてきた。夫婦は杉本さんが関わった脱会者に女性の写真を見せるなどして、手がかりを探し続けていた。気の遠くなるような作業を繰り返す中で、なんとか居場所を突き止めた。泣きながら「一度で良いから(再び)杉本さんに会ってほしい」と本人に頼み込んだという夫婦。「親をだまし続けた私をこんなにも思ってくれるなんて。もうこの話し合いからは逃げられないな」。女性は後にこの時の思いをそう明かしたという。
夫婦が用意したアパートの一室で10年ぶりに牧師と対面した女性は、抵抗することなく、落ち着いた様子で応対した。長いカウンセリングを終えた杉本さんは、最後にこう続けた。
「あなたの両親はずっと地獄の日々を送ってきた。宗教は人の心に平安を与え、魂を救うことが目的のはず。それなのに、なぜ信じることでこんなにも苦しむ人がいるのか?」
杉本さんが「これからどうするかは自分の頭で考えなさい」と語りかけると、女性は「先生、分かっているでしょ。私はもう(教団には)戻れませんよ」と応じた。
離れ離れだった親子が涙を流しながら手を取り合って家族に戻っていく。その瞬間の光景は今でも目に焼き付いている。
女性とは、脱会から約20年がたった今でも交流が続いている。結婚や出産など、人生の節目には必ず報告が来る。「時間をかけて誠実に向き合えば、どんな人でも変わってくる。心の変化を間近で見届けられるのは牧師冥利に尽きます」
これまでに受けた相談は約2千件。500人以上の脱会に関わってきた。
マインドコントロールは言葉で解く
活動は危険と隣り合わせだった。
「死ね」「首を洗って待っていろ」と、匿名で消印もばらばらの脅迫文が連日送られたことがあった。カッターナイフや砂が入った封筒がポストに入っていたり、近所に中傷ビラを貼られたりした。出歩けば、信者とおぼしい人物から付きまとわれた。杉本さんだけでなく、家族にも累が及ぶこともあった。
これまでに受けた相談の中には、旧統一教会への献金額が1億円を超えていたケースがあり、「妻に教団を辞めてくれと頼んだら、『保険金を献金できるから死んでほしい』と言われた」といった深刻な内容も多いという。
脱会活動は、こうした信者や家族らと対話を重ね、気づきを与えることに重きを置く。
「残念ながらカルトと言わざるを得ない団体は、正体を隠して心の隙間に入り込んでいこうとします。救いを求めて時間もお金もつぎ込んだ団体が、どれだけ多くの人を不幸にしているか。その証拠を突きつけていくことが大切なのです」
主なカウンセリング場所となるのは杉本さんの自宅の応接間だ。本棚には、旧統一教会の関連書籍がずらりと並ぶ。
説得を始めて脱会は決意してくれたものの、その後カウンセリングに至るまでに10年以上かかったケースもある。「マインドコントロール(洗脳)は言葉でかけられているから、言葉で解くのが基本になります。どれだけ熱心でも、どこかにこれはインチキなんじゃないかと葛藤を抱えている。そこに気づいてもらう材料を与えるのです。時間をかけて誠実に向き合えば、どんな人でも変わってくる」
理屈ではない、息の長い働きかけが必要だという。
それでも、脱会に失敗することはある。「この子はもう辞めないんじゃないか」とプレッシャーでうなされ、寝付けない日があった。脱会させた後でも、周囲に迷惑をかけた負い目に苦しんで孤立し、再び入会するような人がいた。
「人生って必ず何かあるんですよ。脱会したって順調にそのままうまくいく訳ではなく、不幸があればやっぱりぐらつく」
だからこそ、杉本さんは脱会後のケアの重要性を説く。脱会に成功した信者本人だけでなく、家族が集まってそれぞれの経験を話し、時には愚痴をはき出し合う自助グループを支援してきた。
「私たちの苦しみは彼と一緒」 あの日から変わったこと
そんな杉本さんの活動は、昨年7月に奈良市で起きた安倍晋三元首相の銃撃事件で大きな転機を迎えた。
逮捕された山上徹也容疑者=殺人罪などで起訴=が取り調べに「母親が多額の献金をした旧統一教会に恨みがあった」と供述したことをきっかけに、教団による霊感商法や献金被害の実態に改めて焦点が当たり、政界のみならず政権中枢にまでその影響力が広く深く浸透していたことも白日の下にさらされた。
杉本さんは孤立を深めていった信者家庭に育った山上容疑者に手を差し伸べられなかったことを悔やむ。一方で「彼のしたことは決して許されることではないが、彼がやったことが世の中を変えたことも事実です」と複雑な心境を打ち明けた。
事件後、旧統一教会の被害者支援の弁護団などを通して新たな相談が複数寄せられるようになった。多くは山上容疑者と同じように、旧統一教会に入信し、財産を捧げる母親を持つ人たちだ。
「私たちの苦しみは山上徹也と一緒だ」。相談者は口をそろえてそう吐露するという。
脱会者からは、旧統一教会の問題が大きく取り上げられ、入信していた当時の記憶がフラッシュバックした、との訴えも増えた。
「ニュースを見て突発性難聴になったという相談がありました。自分の子供に旧統一教会の信者だったことを言ってない人もいる。これだけ連日報道され、『もし知られたらどうしよう?』という不安は当然あると思います」
成立した救済法、活動の今後に不安も
今年に入って、旧統一教会の被害者救済法が施行された。
「霊感」を用いて不安につけ込んで寄付させる行為などの禁止と罰則を盛り込んだ画期的な法律だが、杉本さんは「与野党が協力してブレーキを作る仕組みを作ったことは素晴らしい。でも、今もう既に存在している被害者にとってどれだけ意味のあることかは分かりません」と語る。
高額な献金をした本人に代わって子や配偶者が取り消しや返還を求めることができる条項も盛り込まれたが、「お金のことを言い出せば、『サタン(悪魔)が迫害している』と信じ込まされている本人は信仰の世界にますます閉じこもってしまう。家族にとって本当の意味での救済につながるかは疑問が残ります」(杉本さん)。
実際に、銃撃事件以降、報道を一切シャットアウトして家族を遠ざけるようになってしまったケースも散見されるという。
杉本さんは今年75歳を迎える。これまで以上に脱会を求める家族や本人のサポートやケアが必要になっているが、これまでのように個人に依拠した活動には限界を感じることも増えてきた。
「年齢的な終わりは必ず来る。私の他にも脱会牧師は何人もいたけど、彼らが亡くなったら、そこにいた相談者は散り散りになってしまった。これではいけません」と警告する。「もっと緩やかな関わりでもよいから、脱会者や家族に寄り添っていける組織があればいいと思います」
救済法によって国は被害の「入口」を締める第一歩を踏み出した。問題を一過性のもので終わらせないためには、それと同じくらい、被害に遭った人たちの「出口」支援の必要性を訴えている。
〝心を盗まれる〟前に相談してほしい
現在、旧統一教会を巡っては、宗教法人としての解散命令請求に国が踏み込むかに注目が集まっている。だが、杉本さんは「仮に解散命令が下ったとしても、任意での活動は続く。むしろ国家権力に迫害されたことで、ローマ帝国に弾圧されたキリスト教のように『真の宗教団体』を標榜して信者の引き締めを図る可能性すらある」と危惧する。
では、私たちは今後カルトのような団体とのトラブルに、どう向き合っていけばよいのか。
問いかけに杉本さんはまっすぐ目を見つめて答えた。
「この宗教の一番の問題は人の心を盗むこと。信者が家族と本当の意味で向き合えなくして、団体の利益のためにのみ行動するようにしてしまう。『心を盗まれる』前に親しい友人や家族に相談すること。何よりも断る勇気をもつことが大切です」
杉本誠さん
共同通信大阪社会部記者=助川尭史
※この記事は、共同通信によるLINE NEWS向け特別企画です。