(ブルームバーグ): 日本銀行による予想外のイールドカーブコントロール(長短金利操作、YCC)運用の柔軟化を受けて、為替市場では円が弱含んでいる。植田和男総裁が政策決定において為替を巡る問題が考慮されたことを認める異例の言及を行ったことを踏まえると、中央銀行当局者がこの事実に気付かないはずはないだろう。
植田総裁は先月28日の金融政策決定会合後の記者会見で、YCC運用の柔軟化で金融市場のボラティリティーを極力抑える中に為替市場も含めて考えていると発言し、多くの日銀ウオッチャーを驚かせた。
この発言は為替政策が財務省の管轄であることを強調しようとしてきた日銀のこれまでのコミュニケーションと矛盾しているようだと、アナリストらは言う。日銀は通常、円の動きが経済やインフレに及ぼす影響にのみ着目するとの立場を取っている。
みずほリサーチ&テクノロジーズの宮嵜浩主席エコノミストは、「為替の変動に対して懸念を示唆するため、植田総裁は一歩踏み込んだ」と指摘。「市場参加者に対してより明確にけん制するようコミュニケーションを取っているようだ」と述べた。
足元の問題は、日銀の政策決定が為替変動によってさらに影響を受ける可能性があるかどうかだ。植田総裁の発言にもかかわらず、円は先週、対ドルで一時1ドル=143円89銭まで下落。格付け会社フィッチ・レーティングスによる米国の格下げを受けて、米債利回りが上昇したことが円安要因となった。
みずほ銀行の唐鎌大輔チーフマーケットエコノミストは総裁発言について、「円安に対するけん制というふうにとった人が多いと思う」と指摘。「ただ、為替が一因だという発言をしたことで、逆に円安のところをマーケットに攻められる可能性が出てきているのかもしれない」とし、市場は日銀が円安をどの程度まで許容するのかを試すこともあり得るという。
日銀は先月の会合で、指し値オペの水準を従来の0.5%から1.0%に引き上げるYCC運用の柔軟化を決定し、長期金利の上限を事実上引き上げた。植田総裁は記者会見で、YCC政策の副作用が為替市場のボラティリティーに影響を与えていることを政策修正の理由の一つに挙げた。一方、日銀は為替をターゲットにしていないということに変わりはないと改めて説明した。
内田真一副総裁も先週、柔軟化措置において「為替市場を含めた金融市場のボラティリティーは重要な要素だった」と述べた。
こうした見解は市場参加者に対する警告としての役割を果たし得るものの、円安が続けばさらなる政策修正観測を浮上させる可能性もある。
野村証券の松沢中チーフストラテジストは、フォワードルッキングかつリスクマネジメントを重視した植田総裁の政策運営は、他の中銀のスタンダードにも近いと指摘。一方、為替市場のボラティリティー抑制を政策修正の理由としたのは、他国のスタンダードに照らしてもやや異例のメッセージだとの見方を示した。
松沢氏は「これによって円安と政策修正期待がより結び付きやすくなったことは否めない」と指摘。「今後円安進行によって短期利上げ期待が高まってしまう前に、この点について日銀は『火消し』を図っておいた方が得策に思える」と述べた。
元日銀金融市場局為替課長の竹内淳氏は、為替市場は日銀の若干複雑な政策の意図を引き続き消化しつつあるものの、円相場の方向性は日銀が金融市場調節をどのように運営し、利回りがどこに落ち着くかに左右されるとの見方を示した。
現在リコー経済社会研究所で主席研究員を務める竹内氏は、「もともと日銀は為替を非常に注視してきた」と指摘。「企業や家計に影響を与え、政治の懸念ともなるため、どちらの方向にも急激な変動は望まないとのこれまでの姿勢を明確にした」と述べた。
日銀はこれまでのところ、利回り上昇を抑制するため、臨時の国債買い入れオペを先週2回行っている。
みずほリサーチの宮嵜氏は、日銀は金利差を縮小させるため0.7%程度までの10年債利回り上昇は容認可能だと指摘。この水準を上回る動きは、財政支出のコストを過度に増加させる可能性があるため、政治家や政府当局者は容認しないだろうとの見方を示した。
日本では、為替介入は財務相が決定する。日銀は財務相の代理人として、その指示に基づいて為替介入の実務を遂行する。昨年秋に円買い介入が注目を集めたが、大幅な円安が進めば当局による追加措置に対する観測がさらに高まる可能性が高い。
宮嵜氏は、「可能性が高いとは思わないが、10年金利が0.7%程度になっても、もし円安が止まらない場合は財務省の出番だ」と述べた。